もしトランプ大統領と安倍首相のケミストリーが合うならば
日本のビジネスの場では定番となっている接待ゴルフ。2月10日に行われた初の日米首脳会談に続いて、11日フロリダ州でプロゴルファーのアーニー・エルス選手も交えて行われた両首脳のゴルフ・プレーが、個人的な親密さを内外にアピールしたと報道されています。このゴルフのスコアは日米の国際的なトップ・シークレット(笑)とされていますが、どうやら午前中の18ホールは、アウトの9ホールは安倍首相が優勢で、後半にインの9ホールはトランプ大統領が優勢という接待のお手本のような試合だったようです。さらに午後からトランプ大統領の希望で、二人だけでハーフ9ホールを回ったといいますから、個人的な親密さは本物だというのは信じて良さそうです。
前半のエルス選手を交えたコースのグリーン上では、安倍首相の使っているパターを試し打ちし、「日本のパターは性能がいい」とコメントのサービスまであったそうです。安倍首相のこんなに楽しそうな笑顔は見たことがありません。もしかしたら午後からの二人だけのハーフの時に、首脳会談では出なかった重要な話題が交わされたかもしれないという見方もあるようですが、僕はこの二人は本当にゴルフを楽しんだだけではないかと考えています。駐留米軍経費の問題、TPPの離脱と貿易摩擦問題、などシビアなテーマを話せるように、安倍首相側近は作戦を練って出向いたとされていますが、トランプ大統領はネゴシエーションを避け、肩透かしを食らった形になりました。
これはトランプ大統領が本当に政治に素人で、タフなネゴシエーションをするつもりは更々なかった、という証明ではないでしょうか。貿易問題についてはフェアな交渉を、というにとどまり、麻生副首相とペンス副大統領の会談に任せるという逃げの姿勢を見せたとも言えます。トランプ大統領は次々に問題のある大統領令にサインして、独裁的な行為が目立って報道されていますが、トランプが大統領に就任してすぐに出した大統領令の数は、今のところオバマ前大統領が就任直後に出した同時期の大統領令の数よりも下回るものです。トランプ大統領が大統領令にサインする映像がインパクトがあるので何度も使われ、さぞかし多くの大統領令を乱発しているかのように思い込みがちですが、数そのものは大したことがないそうです。大したことがあるのは大統領令の中身の方です。イスラム圏7カ国からの入国禁止など、道義上も合衆国憲法上も問題があるものが、ワシントン州の裁判所で無効、さらに控訴審で無効とされるなど、大きなニュースになっているわけでしょう。
メキシコとの国境に壁を建設する大統領令も、メキシコ側は費用を負担するとは言っておらず、仮にアメリカ政府が立て替えて建設しようとすると議会の予算措置が必要となるため、このままでは実効性のないものとなっています。テロリストへの拷問には水責めが効果的だ、などと過激な発言をしたトランプ大統領ですが、マティス国防長官に「それはむしろ効果がない」と否定されると、「そうか、それならマティス長官に任せる」とあっさり任せてしまいました。どうやら自分が政治の素人だということを自覚して、行政は全面的に閣僚に任せるスタイルをとるのかと、少し期待をしてしまいます。日米の安全保障については、マティス長官は「尖閣諸島も日米安保でアメリカが守る地域に含まれる」とあっさり明言し、大統領もその点を追認するなど、日本との同盟関係を強める動きを見せています。もっとも最大の懸念である駐留費用負担の問題は、まだ出ていないので要注意です。
今回のゴルフを最大限好意的に解釈するならば、G7や国際社会との調整役を安倍首相に期待している、とも受け止められます。比較するのが適切かどうかはわかりませんが、少なくとも政治のズブ素人であるトランプ大統領よりは、安倍首相の方が政治家としてのキャリアは上だと言うことができます。アメリカ合衆国としては、EUやアジアの難航しそうな外交に、日本を先導役として期待を込めているのかも知れません。これは安倍首相を最大限に買いかぶった解釈であり、実のところは安倍首相とトランプ大統領は、同じ穴のむじな、両者ともに素人であるがゆえに気心が相通じるものがあった(これをケミストリーが合う、という。安倍とオバマはケミストリーが合わないとされた。)、というのが真相ではないでしょうか。
お互いに難しい話はしたくない。肝心なネゴシエーションは部下に任せて、自分たちは楽しい時間を持てばいい。実に低レベルな首脳会談でありますが、低レベル同士であるがゆえに、気が合って親密な関係を築き上げていくとも期待されます。今回のこの二人のゴルフは、互いに純粋にプレーを楽しんだだけ、という類稀なる珍会談であったと考えれば、日米間はやや楽観視ができそうな気もします。TPPの枠組みは、参加各国が練り上げたものであり、TPPが消えて無くなっても、基本的な枠組みだけは応用が効くという意識が、我が国の政権に楽観論をもたらしているのでしょう。二国間条約になっても、TPPを下図面として意識した交渉を可能にする、あるいは別の新たなアジアの枠組みを作るのに役立てる、といった、これまでの努力を無駄にしないネゴシエーションで、少しでも有利に話を進めてもらいたいものです。
しかし、何しろあのトランプであります。前代未聞の珍大統領のトランプですから、一筋縄では行かないでしょう。国際社会については全くの、どシロウトの見解しか持ち合わせていないことは、テルアビブの駐イスラエル米国大使館を、事もあろうに(イスラム教の聖地でもある)エルサレムに移そうとしている、恐ろしい考え方をしていることから考えても、容易に想像できる話です。これは今年の5月に実現する可能性の高い世界的な危機です。敬虔なユダヤ教徒である娘婿のクシュナー氏やユダヤ教に改宗した娘のイヴァンカさんの意向があるだけでなく、そもそもユダヤ系ロビイストの多い合衆国議会は、ずいぶん前から既に駐イスラエル米大使館のエルサレム移転を決議しており、今は大統領令でギリギリのところでストップしている状況なのです。このままエルサレム移転が実現してしまい、中東に大きな緊張をもたらすことこそ、僕の最も恐れる事態だと言っていいでしょう。国連決議でエルサレムは多くの宗教の聖地であり、イスラム教もユダヤ教もキリスト教も犯してはならない、と決まっていてかろうじて平和が保たれているのが現状なのに、そこをユダヤ教だけの聖地にするなどというとんでもない状況になったら…。
国連にも金を出したくないというくらいのトランプ大統領ですから、本当に世界平和をぶち壊してしまいかねません。アメリカ合衆国が世界の警察を辞退するだけじゃなくて、世界の破壊者になろうものなら、もはやゴルフを楽しんでいる場合ではありません。安倍首相とトランプ大統領の間に、ケミストリーの一致があるとするならば、安倍首相には今やトランプ大統領を正しい道へ導く責任があると思います。ゴルフをしようと何をしようと構わないので、トランプ大統領に対して真の友達としての助言を果たすことができたとしたら、僕は安倍首相を心から尊敬すると約束してもいいです。
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今回のゴルフ場外交は、トランプ大統領が大帝国の皇帝として、仮想敵国の防波堤と考える小国の宰相を厚遇して「親米」であることを維持した。そういうことにつきそうです。
「TPPなどの自由貿易の重要さを説得してくる」と自国では威勢がよかったのに、皇帝の壮麗な私邸でもてなされてあっという間に「二国間協定」に懐柔されてしまうところなど、見事にはめられたのです。
TPPの話題さえ出せなかったのに、本当にニコニコして懐柔されましたね。北朝鮮への抗議メッセージもタイミングよく出せて、よほど嬉しかったんじゃないでしょうか。
なんだか、織田信長が安土城で徳川家康をもてなした(供応役は明智光秀)時のことを思い出しました。