トランプが大統領に就任した後、世界はこう変る

 

トランプ氏は選挙期間中、メキシコと国境の壁の建設だとかイスラム教徒の入国禁止だとか言っていたけれど、そんなことはたいした問題じゃないと思われます。現実路線で大統領就任への道を歩むトランプにとって、国内的には選挙期間中に敵にまわした様々な勢力と融和をすすめていくことが先決です。共和党の主流派はもちろんのこと、ニューヨークタイムズなど国内メディアとも仲直りをしていきます。

とりわけ軍産共同体については、彼の場合は選挙のバックに付いていませんでした。軍産共同体はクリントンの側に付いていたからです。これも選挙前のメディアが誤信した原因の一つです。現政権、マスメディア、軍産共同体がこぞってクリントンを支持していれば、勝つと思い込むのも無理はありません。軍産複合体の後ろ盾がなく当選した類まれなトランプですが、軍産共同体をこのまま敵にまわしておくわけにはいきません。そんなことをすればケネディーのように暗殺されてしまいます。さっそく関係の修復に取り組むでしょう。

これが外交、安全保障の政策を決める上でも重要な影響を与えてきます。「アメリカ・ファースト」「世界の警察官の辞退」これについては選挙の半年前に僕が書いた「トランプ氏はモンロー主義に戻りたい米国民の本音を語っている」をお読み下さい。アメリカ・ファーストとは決して孤立主義ではありません。シリコンバレーとハリウッド、軍需産業には、これからも、いやこれまで以上に積極的に海外に出ていってもらわなければなりません。「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」というメッセージには、積極的な軍需産業発展と軍事物資の輸出増加が前提となっています。

これからも武器や軍事装備をどんどん開発し、戦争がどこかで起こっていてもらって、大量に弾薬を消費してもらうことをアメリカは狙っています。ただしアメリカ軍が出かけるわけではなく、各国が自前でアメリカ製の武器や軍事装備を買い、それぞれの土地で使ってくれるのを目指しているのです。アメリカの軍事力を日韓やNATOからは撤退するようなことを言っていましたが、実際には居てやるからカネをよこせ、と言っているのです。同盟国に対し「無料の警察官」ではなく「有料の警察官」になりますよ、という話です。

世界のパワーバランスについても、世界全体をアメリカ一国の覇権による統治であったのを、多極化した統治に変えます。これが一番日本にとって困ることですが、トランプの構想では、アメリカと中国とロシアで正三角形を作ろうという考えを持っているような気がします。トランプがプーチンを高く評価しているのはご存知だと思いますが、中国に対しても超大国として高い評価で対等に認め、アメリカと直接距離を縮めていく方向にあるようです。こうなると日本や韓国のような小国は、中国に飲み込まれてしまっても良い、ぐらいにトランプは考えているように思えてきます。

アメリカが中国やロシアと直接親密な関係になれば、日韓はおろか北朝鮮さえ無用な長物となる恐れがあります。事実トランプは「金正恩が会いに来るなら、会っても良い」と発言しています。おりしも北朝鮮の核弾頭ミサイルがアメリカ本土を狙える精度に達し、北朝鮮とすればアメリカとの対等な二国間の平和条約は悲願でもありますから、出かけていって二国間で和解してしまうかもしれません。それはアメリカと中国とロシアが足並みを揃えたら、実現可能になるのです。緩衝地帯としての北朝鮮の意味はなくなるでしょう。拉致被害者問題も自然消滅の憂き目に合うかもしれません。

ますます存在感が薄れていく日本ですが、経済協定についてもそれは見られます。中国はずしの経済包囲網として安倍政権がこだわっているTPPを、トランプはあっさり見捨て、逆に中国が主体となるAIIB(アジアインフラ投資銀行)に加盟する可能性が高いように思います。ヨーロッパの各国のみならず、既に隣国カナダは9月にAIIBに加盟しています。そうなるとはずされてしまうのは日本の方です。あわてて頭を下げて入れてもらわなければならないかもしれません。東アジアのリーダーは日本ではなくて中国だと、名実ともに宣言される時代に、トランプによって突入するのでしょう。

安倍首相はトランプの当選を聞くと、まだオバマ政権中であるにも関わらず、フライングでニューヨークに挨拶に駆けつけました。正式な会談は1月20日の就任式の後に始まります。世界の各国首脳はそれから大統領と接触するのが、国際的なマナーです。その時にトランプが会談を開く相手としては、安倍首相よりも習近平の方が先のような気がします。とりあえず早く挨拶しておけば、良くしてくれるだろう、というのは日本の中でしか通じない義理人情です。トランプ氏はビジネスマンですから、その程度の挨拶で何か影響を受けるとは思えません。日本の政府としては、完全に終わって過去のものとなったTPPを後生大事に抱えているのではなく、新しい日中、新しい日露の関係を築き上げるのが大切だと思います。

対米従属ひとすじでやってきた日本が、一人で放り出され、三つの大国の狭間で生き残っていくには、対中国、対ロシアの外交を、対米国なみに力を入れていく必要があるでしょう。来月12月に安倍首相はロシアのプーチン大統領と会談します。僕は北方領土なんていらないから早く平和条約を結べ、と個人的には思っています。北方領土は二島返還でもあれば御の字です。それとは切り離してシベリア開発の技術協力の対価として、天然ガスを安く調達することです。そのためにはまずロシアと平和条約を結ばなければ始まりません。

トランプはアメリカに影響がない限り、中国の覇権主義や人権問題を、何ら問題視しないような気がします。そもそも他国内の人権問題なんて内政上の問題で干渉することはない、と考えるような人物です。これまで世界の文明国が、共通の理念として「自由」「民主主義」「基本的人権の尊重」というものを持っていることを確かめ合うことが、国際社会の根幹にあったと思います。そういう国連のような緩い国際安全保障の枠組みを、取っ払ってしまうことさえ、トランプによる中国覇権の容認はもたらします。20世紀に人類が築き上げてきた理念を捨て、商売相手ならどんな国でも良い、という時代に向かいます。

これは人類の知性という意味では進化ではなくて、大きな後退です。民主主義にすりかわってポピュリズム政権が各国で再び台頭します。保護主義とナショナリズムが世界中に蔓延するかも知れません。スコットランド騒動、ブレグジットと世界が統合ではなく分散に向かっていく中、武器や軍事装備だけは着々と売られ続けます。その先に何があるのか。日本には何一つ良いことはないような気がします。そんな中でも、東アジアの安定とテロを回避することだけは心がけねばなりません。トランプ・ショック以降、世界はアメリカの覇権がなかった75年前に戻ってしまったことを肝に銘じ、今後を注視していきたいと思います。

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One comment to “トランプが大統領に就任した後、世界はこう変る”
  1. 安定した信義関係をなにがしか残した外交関係より、完全の実利=損得を優先した外交関係への移行ですね。すべてはケースバイケース。
    現代日本人の不得手なことですが、戦国時代の日本人なら武将と言わず庶民と言わず、ごく当然の行動倫理でしたでしょう。
    戦国大名の外交史をしっかり学び直すことが必要かも知れません。「日本戦国歴史研究所」というごくふつーの冴えない名前の国立研究所を作り、その実外交のシンクタンクとして活躍するというのもおもしろいでしょう。

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