NHK記者、佐戸未和さん過労死のタブーと真相

2013年7月に当時31歳だったNHKの女性記者が過労死していたことを、4年たった今頃になってNHKが公表し話題になっています。

過労死した佐戸未和さんは入局9年目、首都圏放送センターのエースでした。159時間以上の時間外労働により、悲惨な過労死に至った佐戸さんに、心からご冥福をお祈り致します。同時になぜこのようなことが起きてしまったのか、タブーを振り払って真相を追及することも彼女への供養になると思い、改めて筆を執る次第です。

佐戸さんのご両親の10月13日の会見はこちら→文春オンライン

過労死関係のニュースや、番組の制作、放送の現場で、実際に取材や、編集や、解説等にあたっている方々が、自分の会社の記者が過労死で命を落としている事実も知らない。自らの襟もたださずに、報道や解説をしている姿を、私たち夫婦がどんな思いで見ているか、想像をしていただきたいと思います。(佐戸さんの父親より)

佐戸未和さんの過労死は、昨年に世間を騒がせた、電通の高橋まつりさんの過労死事件よりも3年前に発生しています。NHKは自局の過労死事件をを知りながら隠蔽し、一方では電通の労務管理を厳しく批判する内容の報道を行ってきました。NHK側は公表してこなかったのは、ご家族の意向によるものだとしていますが、ご家族側は否定しています。組織の論理としては理解できなくもありませんが、このようなNHKの閉鎖的な姿勢は批判されてしかるべきです。

僕はかつて電通の過労死事件の時にブログを書いたら、Facebookで別の大手広告代理店の友人から「じゃあNHKでは?」とコメントで突っ込まれ、「24時間営業です」と笑いでごまかした苦い経験があります。「そういえば厚生労働省のビルも深夜まで電気がついているね」という話になり、冗談ではなく霞ヶ関から過労死する人が出ても、不思議はない気がしました。こうしたホワイトカラーの過労死が、いったいなぜ発生するのでしょうか。

電通の高橋まつりさんの場合は入社から間もなかったので、必ずしも当てはまらないと思いますが、概ねマスコミ業界での時間外勤務は、上司に強要されたものではない、という特殊性があります。NHKの記者の場合、出退勤は自主管理ですから、上司に深夜残業を強要されるというようなことはまずありません。ディレクターも同じです。本人のモチベーション、すなわち仕事への意欲が高いために、自ら進んで時間外労働をしているという実態を、明らかにしていくべきだと思います。

過労死をめぐる働き方改革の話題が出たときに、僕はNHKの若手ディレクターと話したことがあります。時間外労働についてどう思うかと尋ねたら、「正直言って、自分の番組をより面白くするためなら、時間外超過もやってしまうような気がします」という率直な意見が返ってきました。「そうだよなあ、たしかに休めば体は楽になるけど、それによって自分の番組の出来が悪くなるのは嫌だもんなあ」と僕も同意しつつ、この問題は根深いものがあると痛感しました。

ディレクターは、あと1時間長く働いたら、自分の番組がより面白くなる、という衝動。記者は、あと1時間長く働いたら、より深く突っ込んだ取材ができるという衝動。若くてモチベーションの高い職員ほど、その衝動に駆られます。それがついつい自分の労働時間を伸ばしてしまい、やがて時間外労働の超過につながるのは、ある意味で自然な流れだとも言えます。僕が強調しておきたいのは、その自然な流れを断ち切ることこそが、マスコミにおける管理職の最も重要な役割だということです。

あと1時間取材を続けたら、もっといい記事が書けます、という現場の記者に対して、あえて「今すぐ帰宅せよ」という業務命令を下すこと。それができなければ管理職として失格だと思います。過酷かつ過密なスケジュールで、誰も休む暇もないほど忙しい時期であっても、あえて一日休暇を取らせる。それも強制的にです。例えとしては良くないですけども、ゲームに夢中になっている子供からゲーム機を取り上げるような立場に、今の管理職はおかれていると思うのです。

実際には管理職自身が多忙で、自らが超過勤務をしており、部下の労務管理にまで手が回らないというのが実情かも知れません。であればこそ、例えばさらに上司であるマネージング・プロデューサーや部長が全ての部下に目を光らせ、時間外労働超過の兆しが見え始めた者に対して、あるいは健康上問題がありそうな勤務をしている者に対して、早期に気づいて厳しくストップをかけなければいけません。交代要員を準備しておき、速やかに配置すべきなのです。

「命より大切な仕事などない」と高橋まつりさんの母親は言いましたが、現場で仕事に熱中している人にとっては、今自分が関わっている仕事が命よりも大切なように思える、そんな錯覚に陥ることがあります。夢中になっているときには、本人は冷静な判断力を失っているのです。そこにマスコミにおける過労死の本当の問題点は潜んでいます。マスコミだけではなく、多くのホワイトカラーの職種における問題点かも知れません。だからこそ冷静な視点が必要なのです。

単に勤怠のチェックを厳密にすればいい、という話ではありません。職場風土の問題としてとらえ、皆が適切な勤務時間で業務が回っていくような、新しい体制を構築していく。必要に応じてOBや外部のマンパワーも活用する。まさに今、NHKは改革の途上にあるのでしょう。それがかなわなければ、佐戸未和さんの過労死は報われません。過労死を防ぐために使われる受信料なら、視聴者からも文句は出ないはずです。

NHKには是非とも、働き方改革の見本となる、そんな環境作りを組織として断行し、堂々と世間に示してもらいたいと思います。タブーにするのではなく検証番組を作って真摯に向き合うことを提案します。

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2017年12月20日追記:ようやくです。12月7日に国会ではこのように追求されたようですが、上田NHK会長と野田総務大臣の答弁は、はたして十分なものだったと言えるのでしょうか。表向きは整えたものの、実態はそう簡単なものではないように思います。あらためて無念さが募ります。

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2 comments to “NHK記者、佐戸未和さん過労死のタブーと真相”
  1. 現役時代、ある行事の前日、自分の分担準備を終えた部下に帰って休めと言ったところかえってかみつかれたことがあります。
    軍隊のような絶対的指揮命令系統がない職場では「お前は休め、ほかは仕事」は言いにくいものです。

    • よくわかります。僕も自分ができているかどうかは棚上げにして、それでもあえて「部下を休ませる」上司の必要性を、特に我々の業界では訴えていかなければならないと思います。

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