「私は日本人です。撃たないで」が逆効果な時代になったのはなぜ?

 7月2日、バングラデシュ首都ダッカのレストランで1日夜に発生した人質立てこもり事件で、同国治安部隊が突入。店内に少なくとも8人いた日本人のうち1人が救出、7人は安否の確認が取れていない。写真は治安部隊員(2016年 ロイター/Mohammad Ponir Hossain)

「アベよ、戦いに参加するというおまえの無謀な決断でこのナイフはケンジを殺すだけでなく、おまえの国民を場所を問わずに殺戮する」

IS(通称イスラム国)が昨年発表したこの宣言が、とうとう現実のものとなりました。バングラディシュ人質テロの犠牲者の方々とそのご家族に深い哀悼の意を表すとともに、イスラム系の人々は親日派だという長年の伝統が、今や崩れ去ったことに注目したいと思います。今回の犯人はベンガル人でアラブ人ではありませんが、ISのような過激派の間では、アラブ系だろうと東南アジア系だろうと国籍・民族を問わず共通したイスラム過激派の思想を持っています。なのでここでは便宜上、イスラム系を代表するアラブ人の、日本人に対するメンタリティーという観点から見ていきたいと思います。

戦前戦後を問わず、アラブの国々の人は、日本に好意的でした。戦時中も日本はアラブ諸国を攻めることが無かっただけではなく、日本は共通の敵アメリカにコテンパンにされた気の毒な国、という歴史認識があったと言われています。戦後は石油を買ってくれる良いお客さんでもありました。さらに皮肉なことですが1972年5月30日にイスラエルのテルアビブ空港で、岡本公三ら日本赤軍がパレスチナ側に立って乱射自爆攻撃を起こしたことが、日本人は命がけでアラブのために闘ってくれたとパレスチナの人々に思われ、彼らの間で親日感情を高めた原因でもあります。岡本公三はアラブの中で英雄視され、僕たち日本人がアラブを訪れても「お前は日本人か。コーゾー・オカモトを知っているか?」と嬉しそうに近づいてくるくらいでした。

基本的に日本人はイスラム教徒からは慕われることはあっても、嫌われたり憎まれたりする要素は無かったのです。だからアラブの国々へ言っても「私は日本人です」と言えば、親しくしてくれるというのが常識でした。またバングラディシュに至っては日本は最大の援助国であり、そのため日本人は歓迎されてきました。そんな常識が、今回犠牲になったJICA関係者の方々の頭のなかにあったのでしょう。英語で三回も「アイム・ジャパニーズ。ドント・シュート」と繰り返したと、現地の報道は伝えています。だから身を守るため、とっさに「私は日本人です」と伝えたのでしょう。

しかしISには通用しませんでした。逆に日本人だから殺されたのです。欧米のキリスト教徒による「十字軍」(と彼らは呼んでいる)からの空爆に、日本も加担していると認識されているというのが現実です。だから日本人も敵なのです。仏教徒が多い日本人が「十字軍」というのもおかしな話ですが、アメリカと共にISと戦う有志連合の一員として、彼らの中では完全にカウントされているのです。IS周辺の難民救済のために20億の援助をすることを、安倍首相が発表した時から、ISの態度は、冒頭の宣言のように変わりました。「おまえの国民を場所を問わずに殺戮する」の言葉通り、日本人なら敵だというわけで、バングラディシュの7人は理不尽にも殺害されたのです。

日本は中東問題とはそもそも無縁であり、中立な立場であったはずです。なぜISを攻撃する欧米の仲間に入れられてしまったのでしょうか。彼らの言葉によると「安倍よ、戦いに参加するというおまえの無謀な決断で」となっています。そんな決断を安倍首相がいつしたのか、僕には正確にはわかりませんが、少なくともISにとってそう受け止められる言動をしたのでしょう。あるいは集団的自衛権でアメリカに追従して海外派兵できるように法案を通したことも、彼らにとっては日本がアメリカとともに攻めてくる、という懸念をいだかせたのかも知れません。

僕は明後日から中東に行きますが、そこで出会うアラブ人は、もはや昔出会ったアラブ人とは異なることを、ある程度は覚悟しておかなければならないのかも知れません。

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5 comments on “「私は日本人です。撃たないで」が逆効果な時代になったのはなぜ?
  1. 安倍内閣は、打ち手を誤ると際限のない悪夢に引きずり込まれるでしょう。たぶん首相が好むような「強気の攻めの一手」は悪手(敗着)であろうと思います。
    最近ファイスブックで、福田首相(父)時代の日航機ハイジャック犯に対する「超法規的措置」が人命を救ったことを賛美する記事を見て驚愕しました。
    そんなことしたらいよいよ「日本人はカモ」でありましょう。このような頓珍漢な守りの言ってもまた同じくらい悪手です。

    「強硬路線」が、政治家の発言であれ、具体的な行動であれなされると、日本人は「狩りの対象としてのカモ」と化するかもしれません。
    ここは慎重に現地治安組織と外交組織に粘り強く食いついていくのが、地味ですが最善手であるように思えます。

    その次には、ひそかにしかしあらゆる手段を使って現地情報網を強化し、過激派とも間接的にせよ交渉可能な人脈を築くことではないかと思っています。
    テロから邦人を守るのは、武力ではなく、最悪「いざとなっても逃げられる」情報とその分析評価能力(インテリジェンス)でありましょう。

    • 現地情報網を強化し、過激派とも間接的にせよ交渉可能な人脈を築くのは、理想でしょうが非常に難しいですね。少なくとも日本人は敵ではない、ということをアピールしていきたいです。もう遅いかもしれないけど。

  2. 同じアラブ人の国サウジアラビアでテロが起きていますがその辺はどうお考えでしょうか?

    ISIS団はイスラム文化圏統一後は全世界をイスラム国化することを主張しているので、日本との衝突は早いか遅いかだけの話ではないでしょうか?

    • イスラム世界の中での熾烈な「予選」を勝ち抜かねばなりません。まずは、シリアとイラクの地方予選、次はイラン、サウジアラビアとの中東予選、さらに北アフリカ代表との予選、アジアイスラム教徒との予選を勝ち抜いた上で、イスラエルユダヤ教、キリスト教カトリック、プロテスタント、ロシア正教の予選グループを勝ち抜いた一神教トーナメントを戦い、最後に、インド多神教、仏教、無神論共産主義中国と決勝リーグです。

      果てしなくたいへんだと思います。

      • 安納さん、コメントありがとうございます。
        中東の取材から帰ってきました。

        サウジアラビアは、世界中で今もっとも微妙な立場にある国だと思います。石油を通じて親米のスタンスを取ってきましたが、国家そのもののあり方や宗教的位置付けでは、なんとISに極めて近いスンニ派のカリフ制でもあるからです。イスラムの思想はどの国よりも厳格です。ビン・ラディンがサウジアラビアの王子の一人だったのも、うなずける話です。

        ところがアメリカがシェール革命で自前で石油を調達できるようになったため、サウジアラビアを大切にする必要がなくなってしまったのです。アメリカとサウジアラビアは、石油だけのつながりだったわけで、今となってはアメリカは、サウジアラビアと対立するイランを支持しています。国内は親米派とイスラム過激主義に分かれて大混乱となっています。テロの件はその関連かと見ることもできるでしょう。

        桝本さんの言うように、ISの日本への波及は、道のりが長いと思います。ですがワールドカップのようなトーナメント制ではないでしょう。イスラム過激思想は地域や民族の枠を超えた、同時多発的な思想革命を方法として選んでいます。いつ何処でテロリストが発生するか、ISの幹部さえ把握することは困難です。テロリストがISを信奉していたのを確認してから、ISが追認して犯行声明を出すかたちです。

        遅かれ早かれ日本も、というのは、このままISが勢力を拡大して、世界の主流派になったと仮定した場合のみ考えられます。地理的に遠いだけではなく、自国内でテロリストが発生するような土壌ではないからです。今のところは、ISに賛同する日本人テロリストが生まれ、日本国内でテロを起こす心配はないでしょう。

        余談ですが中東はどこの国も警戒警備にものすごく力を入れています。一つの国の中でも何度もセキュリティの金探をくぐらされ、ボディチェックされます。その頻度の割に、毎回のチェック自体はルーズで、結果的にセキュリティは甘い状態になっています。国を出る際には、ほとんどノーチェックなので、いったんEUに入れば、簡単に難民になることができます。

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