学者の言葉、主婦の言葉(古舘伊知郎さん降板の記事で削除依頼がきた件)

池上さんファンクラブイラスト横長

短い正月休みを遅めに取った僕は、今日職場に来て、年賀状と休み中のメールをチェックしていました。メールを開いてみてびっくり! なんとTwitterからのリツイートのお知らせが怒涛のごとく届いていたのです。今みなさんがお読みになっている、僕のこのブログは、昨年からメンバー登録制にして、僕以外の人物でも本名を名乗って執筆者アカウントを取得すれば記事を書けるシステムにしてあります。より多くの方に「言論の自由」の機会を持ってもらうのが目的です。普段僕が取り扱っているテレビや新聞といったメジャーなメディアでは、実は取りこぼしているニュースがたくさんあります。それをインターネットというメディアで記事としてすくえないか、NHK時代からずっと考えてきました。そうして書かれた記事の一つが、正月休みの間にいわゆる「炎上」と呼ばれる現象を起こして、1万7000人(1月6日現在)にFacebookでオススメされ、たった一週間で30万人もの人に読まれていたのです。

「古舘伊知郎さん降板の本当の理由」という記事です。

僕は基本的に性善説でして、まともなメディアには、そう悪い人は住み着かない、という現役時代のスタイルを維持しています。わざわざ他人のブログに本名の登録までして、めんどくさい文面を書き、インチキな情報を流して喜ぶような輩がそう大勢いるとは、普通考えられません。そういう輩は「2ちゃんねる」あたりに匿名で投稿していることでしょう。個人情報を伝え、署名原稿を書くからには、書き込む本人にそれなりの「覚悟」がないとできないものだと、常識的に判断して良いと信じてきました。いるとすれば相当な目立ちたがり屋で、そういう人物は嗅覚で判りますので、心理学出身の僕は承認しません。ちょっとした誇張や思い込みは、アマチュアレベルで許容範囲内です。そもそも炎上するほどの人気記事なんて、有名人でもない限り、誰にでも書けるものではありません。

さて、去年の年末に、池上彰ファンクラブを通じて知り合い、執筆者アカウントを取得された主婦の坂井万利代さんは、そんなメンバーの一人です。彼女は3本の記事を12月の30日に投稿し、31日に僕が気づいて承認しました。記事はインターネット上に公開されました。その記事のうちの一本が「古舘伊知郎さん降板の本当の理由」という記事で、これが炎上しました。3本の記事を承認するのに僕は、なんら、ためらいませんでした。万利代さんを信頼していたからです。なりすましではないことは、何度かメールでやり取りした文面から、明らかでした。メールの文面から人格を判断するのには、なんていうかその、嗅覚みたいなものが必要ですが、僕は彼女が確かに信頼できる人物だと感じ取りました。理由は万利代さんが僕と同じ六甲台キャンパス、つまり神戸大学の後輩であることだけではありません。経済学部の大学院で高い学位を取得している彼女は、日本や世界の経済について、僕には気付けない、専門的知識を持っていると期待したこともあります。そして何よりも文面から誠意と正義感が感じられました。

投稿された内容の事実関係については、そもそも僕は確認なんかしている訳がありません。そのために人格判断をしているのです。「え?事実関係の確認をしないとは、なんと無責任な!」と感じられた方は、私の著書を読んで多少なりとも、マスコミのニュース取り扱いについての勉強をなさったら良いかと思われます。NHKだけではありません。大手各新聞社、民放各局のニュースが、どれほどの多大な人材と時間をかけて「ウラ取り」と呼ばれる事実確認の作業をしているか解るはずです。そもそも個人のブログやSNSの情報を、鵜呑みにすること自体がインターネットのリテラシーとして、根本的に間違っているのです。では個人レベルのウワサ、主婦の井戸端会議といった範疇の話題はすべて信用できないものでしょうか? 僕はそれもまた極論だと思います。

1995年3月20日、午前8時頃、平日でしたが、僕は神戸から訪ねてきた友人をもてなすため、代休を取って朝一番の築地で寿司でも奢ろうと早起きしていました。友人とともに最寄りの日比谷線恵比寿駅に向かったのです。地下鉄駅の出入り口には非常線が張られ、大きな紙に太字で「構内爆破事件のため運休」と書かれていました。日比谷線が使えないと恵比寿から築地に直接向かえません。仕方がないからタクシーでも使おうかと思案する僕たちのそばを通り過ぎる、一見して主婦らしき多くの人々の会話が、いやでも耳に飛び込んできました。その内容は「イヤだわ。爆発事故じゃなくてサリンだってウワサよ。」「やっぱりオウム真理教が犯人だってウワサは本当だったのね。」

それを聞いて僕は友人に詫びつつ、別れを告げ、タクシーに飛び乗りました。築地ではなく渋谷のNHKに向かうためです。当時「週刊こどもニュース」を担当していた僕は、非番でしたが、これは大事件かもしれないと直感したからです。番組のプロジェクト・ルームに駆け込んだ僕は、真っ先にお父さん役である記者の池上彰さんの姿を探しました。しばらくして午前9時頃、1階のニュースセンターから戻ってきた池上さんに、僕は尋ねました。「地下鉄でオウムが毒ガスを撒いたって、本当ですか?!」と訊くと、

池上さんは「消防からの情報によると爆発ではないらしい」と答えました。
「では、サ・・、なんとかっていう毒ガスだというウワサは?」
「それもまだわからない。」
「オウムのしわざなんですか?」
「僕にはそんな気がするが、警視庁からその確証は得られていない。」

結局、事故ではなく事件であること、使われたのがサリンという名前のガスであること、オウム真理教に容疑がかけられていることをNHKがニュースにしたのは、昼ごろでした。朝一番の恵比寿駅での主婦たちのウワサ話の方が、NHKのニュースセンターより数時間早く、正確に情報を伝えていたのです。結果論ですが、少なくとも僕への情報伝達は、そういった形でおこなわれました。放送局で働き始めると最初に、信頼できる情報筋というのを、たたき込まれます。それは消防や警察であったり、著名な大学の教授だったりします。入局したばかりの頃はそう教えられますが、やがて現場で経験を積むと、逆に「必ずしも学者の言うことを鵜呑みにするな」と教えられます。地下鉄サリン事件は、「主婦のウワサ話でも、あなどってはいけない」ということを、身をもって僕に教えてくれました。むろん主婦のウワサ話は「ウラ取り」をしていませんし、マスコミは「ウラ取り」をしますから、そこに時間差が出るのは当然です。

賢明な、みなさんは、坂井万利代さんの年末の投稿も、「一人の個人ブログへの、一人の主婦の投稿」として読まれていると思います。坂井万利代さんの投稿に描かれた井出英策さんと、万利代さんの夫である坂井豊貴さんからは、非常に慌てた様子で「記事を削除して欲しい」という依頼のメールを受け取りました。それは多数のTwitterからのメールに埋もれて、危うく読みそびれるところでした。井出英策さんはテレビで著名なので僕は親しみを持っていましたし、坂井豊貴さんが書かれたは「多数決」に関する本は愛読し、なかなか将来性のある学者さんだと感心していました。

それだけにお二人の、この度の奥様の投稿に対する慌てぶりは、僕には、いささか不自然に映りました。まるで安倍総理の官邸から、直接連絡があったかのような慌てぶりだったからです。なあに、本当に単なる主婦のウワサ話であれば、自然に消滅しますよ、何もそんなに慌てなくても。というのが僕の正直な感想です。故にこの記事と安倍さんとの写真を以ってお二人から頂いたメールへの返答を兼ねさせていただきます。

火のないところに煙は立たない。

チャオ!

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3 comments to “学者の言葉、主婦の言葉(古舘伊知郎さん降板の記事で削除依頼がきた件)”
  1. ご説明ありがとうございます。

    僕、坂井さんが「慌てふためく」のにはもちろん理由があります。

    ひとつには、投稿者すなわち、坂井さんのお連れ合いが事態の深刻さに気づき、とても追い詰められているからです。いまひとつには、坂井豊貴さんご自身が会話の場に同席され、投稿の間違い(正確には思い込み)をご存知だったからです。

    http://ameblo.jp/eisku-ide/entry-12112928718.html

    投稿の核心である「古舘さんが僕に会いに来た」という話は完全な誤解です。これは官邸云々以前に、古舘さんの名誉のためにも断言しておきます。総務省の成績表については、杉江さんご自身も「?」だと思います。

    http://ameblo.jp/eisku-ide/entry-12114306900.html

    ここに書いていますように、これ以上、新しい投稿を行うことは僕にはできません。いまある僕からの情報が広く共有されるよう努力することが精一杯です。

    僕は現在の官邸の姿勢に何の共感も覚えていません。ですが、残念ながら、すべてを官邸のせいにする思想にも共感できません。僕は僕のスタンスで状況に立ち向かおうと思っています。

  2. マスコミの報道=裏どりがある、ネットの情報=聞いたとおり書いたとおりで裏どりはない、という杉江さんの分類は的確だと思います。

    ネットのなかった時代、即時性では、マスコミ(テレビとラジオ)にかなうものはありませんでした。さらに「百聞は一見に如かず」というテレビが、やがて優位になります。
    ところが画像付き(時には動画)ネット情報は、即時性と具体性で完全1本勝ちしました。勝ちはしたものの、失ったのが情報の「確度」すなわち「裏どり=多角的な情報の精査確認」です。
    このネット情報とまったく同じなものが、マスコミにテレビ・ラジオがなかった時代にもありました。それは人々のウワサです。まるで「見てきたような、まことしやかな」ウワサは、ネットの動画付き投稿と同じぐらい迅速な情報伝播をもたらしました。
    杉江さんがあげられた「オウムサリン事件」の際の「主婦のウワサ話」の具体例でわかるように、ウワサと現在のネット情報は、情報の性格としてまったく同じだと言っていいでしょう。

    これは、サイト管理者が誰だとか、記事の迫真性にかかわらず、ネット共通の限界として認識されるべきだと思います。
    簡単な例として、首相官邸FBの記事内容を信頼する人は、首相崇拝者でない限りありえないということをあげればすむと思います。一国の首相の名前で発信される情報でもネットではその扱いなのです。

    以上により、ネット情報は、裏付けがないこと(悪意のあるフェイク・デマかも知れないとも)を常に割り引いて、「ウワサである」として読む義務が、読者には課されていると言い換えてもよいでしょう。
    リツイートやシェアは「~らしい、という人がいる」という、ウワサの伝播構図そのものであります。ただネットの拡散とウワサの拡散がちがうのは、ネットはたどろうと思えば最初の出所にたどり着くことが可能であるという点に尽きます。
    もし出所が「削除」により姿をくらますと、このネットの特徴まで消してしまうことになるでしょう。

    私は「削除しない」という杉江さんの方針を支持します。

  3. 杉江さん、こちらこそいつもどうもご丁寧な対応とアドバイスを
    いただき、ありがとうございます。

    私が書き手として、素人で非常に至らなかった点に気づかされたのは

    杉江さんのご著書の
    「ニュース、見てますか?」プロの「知的視点」が2時間で身につく、杉江義浩、
    ワニブックス

    です。「読んだのと理解するのは大きな差がある」と気づかされました。
    今、私のような専業主婦で素人でもインターネットで投稿できます。

    その際に、杉江さんのご著書手元に置き、確認しながら、記述することを
    お勧めします。人権を尊重しながら、記述しなければいけないことを
    教わった貴重な本です。

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