あうんの呼吸(即興小説-2)【短文注意】



「あなたがホモであろうとなかろうと、」
直美が言った。
「そんなことは私たちの仕事にまるで関係ないのに」
由紀子もすでに冷静さを取り戻していた。
「つい感情に走って取り乱したりして…。ごめんなさい」

イチロウの浮気騒動から3日目。
暖かい空気がミンシャット社の役員室に戻りつつあった。
「君たちに何の相談もせず一人で行動したことは、適切な手順ではなかった」
とイチロウも非を認めた。
「気持ちを切り替えて、改めて自分にムチを入れ、仕事に取り組む」
と全社員の前で宣言した。
そして得意の流行語で記者会見に臨んだ。
「わたしは『プッツン』したのだ」

世間がミンシャット社やジミマル社を見る目は変わりはじめていた。
識者はマスコミの報道姿勢を厳しく批判した。
「いくら注目の人物だからといっても、個人の性癖やプライバシーを取りざたするのは基本的人権に反する」
これが一致した意見だった。
国営放送以外の各局が、密室映像の一部を放送したことが、問題視された。

一方で、結果的に評判を上げつつあるのは、ジミマル社のヤス社長であった。
どんなに屈辱的な扱われ方をしても顔色一つ変えず、密室については沈黙を通し、黙々と職務の遂行に努めた。
密室での出来事に対するマスコミからの質問に、
「あうんの呼吸です」
の一言で冷静に答えて、男っぷりを上げた。
もはや密室での出来事について語ろうとするものはいない。
むしろ男同士が自らの肉体をはってまで、職務と理想の実現をめざした姿は美しい、と熱く語るものもいた。

ヤスは社長室の古びたイスに座り、痛む尻をなでながら、次の展開にあたまを巡らしていた。
隣接するハイテク装備のスタッフルームでは、ジミマル社の優秀なブレーンたちが膨大な情報を集めていた。
「対等合併という形式はとらなくても」
とヤス社長は指示した。
「いずれにしても我が社は、ミンシャット社と協議しつつ、仕事を進めなくてはならないのだ」
「そして時間は35日しかない」

その時だった。
「あっ!」
情報ルームを走り回る女性スタッフの一人が、小さな声をあげてコンピュータスクリーンの前に立ち止まった。
その気配に気がついて、数人の分析担当スタッフが顔を上げた。
彼女はうっかり、私用で入会しているSNSに接続してしまったのだ。

彼女の周りに歩み寄ったスタッフたちは、いちように腕組みをして、天井を仰いだ。
「社長に報告しますか?!」
「ええ。いや、待ってください、まずは確認を急いでください」
オレンジ色の枠に彩られたコンピュータスクリーンは、緊迫したその職場にはふさわしくない、いかにも楽しげな光を室内に放っていた。
今は私用か公用かが問題ではなく、ソースの真否が問題なのだ。

「この件はミンシャット社の方ではすでに?」
「それも判りません、とにかく確認を!」

コンピュータスクリーンには、ある人物の顔が映し出されていた。
(つづく?)

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