板門店宣言をアメリカと中国はどう受け止めたか

4月27日、韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が署名、発表した「板門店宣言(朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言)」は、あたかも北朝鮮の脅威を減らす、歴史的に成功した南北首脳会談として、好意的にニュースでは取り扱われたようです。たしかに朝鮮半島の人々にとっては、悲願の民族統一に向けて歩み出したわけで、大きな意義はあります。非核化についても、あくまで目標としてですが触れているので、世界的にも価値はあるかも知れません。

しかし僕は手放しでは喜べません。一つは対日問題を南北共通の課題として、強行に戦後補償を日本に要求する体制に入ったこと。もう一つは、ここが一番大切なところですが、朝鮮半島の分断は朝鮮民族の意思によるものではなく、アメリカに対抗する中国とソ連(今のロシア)の意向によってもたらされたもの。つまり朝鮮半島の南北首脳同士が和解したところで、両国の和平は実現できない立場である、ということです。朝鮮戦争は、北を支援する中国と、南を支援するアメリカによる代理戦争だったと僕は考えています。朝鮮民族の人々は、気の毒にも親戚同士を引き裂かれた被害者であり、できるものなら南北統一はしたいに決まっています。

今回の板門店宣言では「同盟より同胞」というコンセプトが、もっとも如実に彼らの置かれた立場を物語っているようです。つまり同じ朝鮮語を話す朝鮮文化を持った民族同士、それも戦争で引き裂かれた家族親族同士が、再び「同胞」として一緒に繁栄していきたい、という素朴な欲求に基づくものです。その欲求は、軍事的な関係である日米韓の「同盟」より重要なものであり、優先させなければならない、ということを確認し合ったのだと言えるでしょう。

これまでにも2000年6月に、韓国の金大中大統領と北朝鮮の金正日国防委員長が平壌で会談して、国交正常化へ向けて大きな流れとなったこともありました。また2007年10月には、韓国の盧武鉉大統領と北朝鮮の金正日総書記が会談し、韓国、北朝鮮と中国、アメリカの四カ国で平和協定を結ぶことを目指す、という宣言が採択されたこともありました。しかしどちらも実現はしませんでした。二国間で解決する問題ではないからです。今回も空振りに終わる可能性は十分にあります。

今回はアメリカのトランプ大統領が米朝首脳会談に前向きで、北朝鮮の完全非核化を前提に、北朝鮮への制裁措置を解除することもありうると発言していることから、韓国、北朝鮮、アメリカ、中国の四カ国で朝鮮半島の平和に向けた合意が実現する、と楽観的な見方をする人もいます。しかし韓国はこれを米朝首脳会談への橋渡し、と考えたようですが、アメリカ側は、韓国が北朝鮮への経済制裁を骨抜きにして北朝鮮の共犯者になった、と受け止めているようです。米朝会談を前に、よけいなお節介どころか作戦の邪魔をした、というわけです。

そもそもアメリカの要求は、北朝鮮の即時完全非核化であり、非常に厳しいものです。今回の板門店宣言では、非核化についてほとんど踏み込んでいません。あくまでも同胞としての協調、民族の統一を目指しているので、アメリカの要求とはベクトルが全く異なります。アメリカにとってみれば、金正恩が完全非核化に言及しなかったのは、大いに不満があることでしょう。一方、中国にとっては、米軍の最前線である南北境界の38度線との間に、バッファ(緩衝地帯)として北朝鮮を残しておきたい、という意図があります。それが中国が北朝鮮を守り続けてきた理由でもあります。

鍵を握っているのはアメリカと中国です。アメリカについては、米朝首脳会談に先駆けて、北朝鮮が完全非核化を打診してきている、という情報も今日の時点で入ってきていますが、アメリカ側は極めて懐疑的です。会談自体を危ぶむ声もあり、予断を許しません。中国はおそらく北朝鮮を非核化させる見返りとして、大きな要求をアメリカに突きつけ、ネゴシエーションに持ち込もうとするのではないかと思われます。それはもしかしたら、南シナ海の南沙諸島で広げている中国の軍備拡張を認めさせる、という条件かも知れません。地球の覇権をアメリカと中国で二等分する、という考えが、習近平氏の頭の中にあるような気がします。

そのような世界支配の構造が定着するのなら、日本にとって何もいいことはありません。また日本には拉致被害者問題という、北朝鮮との間に固有の問題を抱えているという事情もあります。拉致被害者問題については、かつて首相だった小泉純一郎氏が訪朝したときに、拉致被害者の全員帰国を交渉のカードとして、北朝鮮への戦後賠償を行うという路線を引いてしまいました。ですから拉致被害者問題が解決するとしたら、お金で解決する、という形になってしまうような気がします。アメリカからは拉致被害者問題について、一定の理解を示すリップサービスはありましたが、アメリカが本気で取り組んでくれるとは考えられません。

かつてのアメリカは、世界の先進国各国と協調して、中国に対して民主化を進めることや人権問題を解決することを、強く要求してきました。しかしトランプ大統領になってからは、民主化や人権問題にはさほど興味がないようです。ビジネスの相手として商談が成立するなら、独裁国であっても、人権が軽視されている国であっても、気にせず取引するのがトランプ流の外交だと言えそうです。民主主義や自由、基本的人権の尊重といった、世界共通の理念にこだわらなくなったアメリカには、かつてのような魅力は感じられません。

ビジネスライクに軍事的、経済的なディールだけで世界の秩序を作るなら、たとえ朝鮮半島が統一されても、世界は真の平和と繁栄を実現できないと思います。人間の自由と平等、人権の確保と幸福を実現するためには、誰かが崇高な理念を掲げ続けなければならない、と僕は考えています。それは世界を支配する大国と大国のパワーバランスから生まれるものではなく、成熟した文化のもたらす、積み重ねられてきた人類の英知から生まれるものであるべきだと思います。哲学と言っても良いかも知れません。拉致被害者問題を解決するのは、人権尊重という哲学でなければなりません。拉致問題は戦後賠償などと関連付けてお金で解決するのではなく、拉致自体が犯罪なのだから、無条件で被害者を解放すべきです。

家族や親戚と自由に会える。それは基本的な人権であり、それを守るのが倫理ですが、今の分断されている朝鮮半島には、その倫理がありません。人類から倫理が失われてしまっては、たとえ北朝鮮の非核化が実現しても、それは一時的な交渉ごとに過ぎず、またどこかに核兵器を開発する国が現れる。そんな繰り返しから、我々は脱出しなければならないのです。パワーゲームではなく、倫理で世界秩序を維持していく。これは人類の永遠の課題です。朝鮮半島での民族統一という倫理をきっかけにして、自由と人権、平和を追求する、まっとうな理念に基づいた世界になって欲しいと、僕は強く願うのであります。

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