戦争とクリスマスと日本刀(小説風、でも実話)


その若い男は無駄のないスーツを着て、無駄のない肉体をしていた。
12月4日の夜、都内某所で催されたクリスマスパーティーに、その男は出席していた。僕がみていたかぎりでいえば、その男は一度たりともテーブルに近づこうとせず、リビングルームの角の1人がけソファーに座ったまま、ミラー・ビールの瓶を片手に、同じ姿勢で微笑みつづけ、既に3時間あまりが経過していた。
その男は、日本語が「全く」話せないのだ。

アメリカ人であるその男がパーティーにとけ込めないのは、言葉の問題だけが原因ではないような気が、なんとなくしていた。
ずんぐりとした手榴弾のようなミッキー・ビールの瓶をとるために、僕がキッチンにいくと、招待してくれた知り合いの女性が、見違えるような黒いカクテルドレス姿で、たまたま燃えないゴミを片付けているところだった。

彼女は僕を見ると、すばやく耳打ちをした。
ソファーの謎の男は、実は彼女自身の恋人であるということ。そして訳あって社長に今回わがままを言い、自分がこのパーティーを開いたのだということだけを告げてリビングに戻った。

やがて彼女はその謎の男を、僕とみんなに紹介してくれた。
男は現役の米国軍人だった。

3時間半ぶりに口を開いたその男は、自分のことをkaiと名乗って嬉しそうに僕と握手し、所属と階級、日本にいるわけを簡潔に説明してくれた。僕はなんとなく妙な勘が働いたのか、自分をいつものアメリカンネームGerryとは名乗らず、めったに使わないSugiと名乗った。カイさん、スギさんである。
僕とカイはハワイの島々について他愛のない話をして意気投合した。実は僕もそれまでパーティーにとけ込めずにいたのだ。

そもそも僕の服装からして、パーティーにとけ込むのにふさわしい格好とは、お世辞にも言えないものだったかもしれない。
最近は仕事の休みの時は殆ど毎日、剣術の稽古のために日本刀を携帯していて和服に袴姿で東京の街を歩いている。それに雨や雪の日ならブーツも履く。
昨日もまさにその格好で会場に現れたのである。さすがに一流のホテルマンは心得たものだったけど、腰の物を預けているにもかかわらず、パーティー会場では誰一人として親しく話しかけてくれなかった。やはり服装が奇異だったせいだろうか。(もちろん僕自身が引っ込み思案だったのが悪いのは言うまでもないけど)

カイは日本の某米軍基地に1年滞在していたが、まもなく日本を去るという。実に短い滞在だったなあと思った。
僕はふと思い立って、
「君は本物の日本刀を見たことがあるかい?」
と訊ねた。
カイはフェイクならあるがリアルは見たことがないという。本物を見たいかい?と聞くと、目を輝かせ、ぜひ見たいという。
部屋に二つあるベッドルームのうち、誰もいないツインベッドの方へ、彼をまるで秘密めいたカップルみたいに、そっと誘った。
銃刀法の関係で、公衆の面前で日本刀を抜くことはもちろん、すぐ抜ける状態にすることも禁じられている。密室でのパーティーとはいえ、40人もの前でいきなり真剣を振り回すわけにはいかない。

ふと、一人の若い女性が僕の目に入った。きわだって美少女だったせいかもしれないが、とにかく目に留まった。きれいなイギリス英語を話す、頭の良さそうな大学生であった。彼女は僕らの会話を聞いていたようなので、彼女も誘ってベッドルームに入った。ますます秘密めいた雰囲気が漂った。彼女がいなかったら満足な通訳は出来ず、外国人の前で居合いを披露することはできなかっただろう。結果的に僕は彼女に非常に感謝することになる。

ドアを閉めるように、と僕は言った。この部屋内で自分が真剣を抜くことを口頭で告げ、それに部屋の中の全員が同意するかどうかの確認を、僕は日本語と英語でまず行った。
それから刀の下緒を解いて刀を床に置いて正座した。すると驚いたことに米国人であるカイは、教えもしないのにごく自然に刀の対面に正座をし、ただしく刀に一礼をしたのだ。

この瞬間、彼がただ者ではない、と僕は感じた。
僕は当初、彼に刀を見せるだけのつもりだったが、特別に抜付けを一本披露することにした。

さらに「刀を抜かない」極意の意味など、英語で苦労しながらひとしきりの基本を彼に説明した。もともと英語が下手で何かを説明するのは苦手な僕だけど「鯉口を切る」と「鞘離れ」の違いを英語で語るのが、こんなに難しいとは思ってなかったので、話し始めてから大汗をかくはめになった。

軍の規律を例えに、銃を人に向ける時、人さし指がまっすぐに伸びているか、引き金にかかっているかの違いが決定的なジャッジになるケースや、マナーの延長線上にあるルールを思い浮かべ、彼はすんなり理解したようだった。素早く「正座前」を披露した。なんと失禁したのは大学生の美少女だった。

刀を袋に戻し、僕とカイがベッドルームに二人だけになったとき、彼は彼の本当のミッションを打ち明けてくれた。
再びみんなのいる居間に戻り、しばらくミッキー・ビールを飲んだ後、盛り上がっている座を残して僕は席を辞することにした。

帰りがけの気配を消したつもりだったが、カイは見逃さなかったようで、すごい勢いでドアまでやってきた。
「本当にありがとう」と彼は日本語で言ってお辞儀をし、そして僕たちはちょっと長すぎるくらいの握手した。
僕に英語力がないことを差し引いても、適当な言葉がどうしても見つからなかった。
願わくば来年もう一度、この男に美しい日本刀を見せてあげたい、という思いがこみ上げてきて、胸がが熱くなった。
政治上さしさわりのある事項はもちろんここでは書けない。

さしさわりのない事実だけを言わせてもらうならば、彼は米国海兵隊特殊部隊の工作員で大統領直属の任務があること。
そして数日後に訪れる本当のクリスマスイブには、彼はまちがいなくイラクのどこか前線にいるということだ。生きていれば。

God Bless You!
God Bless Ilaq and All the World!

不思議なことに、僕の心の中に、政治的な考えは何一つ、消しゴムのカスほども思い浮かぶことがなかった。###

あなたのコメント